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これからは、しなやかに生きる

会社員むっきーのブログ。仕事で心身ともに駄目になりかけたことも。これからはしなやかに、人生の目標に向かって生きて行きます。心優しい方々、私の成長を見守っていてください(^^)

【映画】「海賊と呼ばれた男」 〜働く我々へのエールか

映画

 何のために私たちは働いているんだろうか。映画「海賊と呼ばれた男」を観て、そういうことを考えさせられた。飯を食うためだけに働くのか。そうではなく、何かもっと大きなもののために働くのか。働くことについていつも考えている今の自分には、良い刺激になった。

 

 主人公は出光興産の創業者がモデル。同作中では北九州門司で小さな石油会社を起こした国岡が、突拍子もないもないアイデアの連続で急成長を果たす。戦争の混乱で会社はぼろぼろになりながらも、完全日本資本企業の誇りを胸に、御用組織や海外メジャーを渡り合って行くというストーリーだ。原作の同名小説のストーリーをよりコンパクトに、わかりやすくしているように感じた。

 

 同映画のメッセージも、外国に負けないように頑張るぞ!というような、単純なストーリーにも思えなくもないが、恐らくそういうことではないように感じる。国岡が、どんな理想を掲げ、どんな思いで動き、どんな姿勢で部下に接していたのか。そういうことを示して、現代の働く世代にエールを送っているように思えるのだ。

 

 石油会社はただの私企業であると言えばそのままだが、と同時に、国の経済を支えるもっとも重要なものを人々に供給する尊い仕事をしているともいえる。どんな仕事でもそうだろう。ただの薄汚い金儲けだと言える仕事も無いことはないけど、どこかにそういう、使命みたいなやつがあるはずだ。

 

 僕は自分の仕事にそんなに誇りをもたずに、ただなんとなくこなしていた気がする。でも、そんな気持ちだったから、うまくいかずに怒られてばかりで、自分も成長しなかったんだろうと思う。自分の仕事の大切さをどこかで見出して、お客として待ってくれている人たちのために、自分が何をなせるのか。そういう姿勢で考えていたらもっとモチベーションも上がる事ができるはずだ。

 

 主人公の国岡という男も、ただ自分の会社を大きくしたい、金儲けしたいという気持ちだけではなかったように思う。自分なりの理想を掲げ、それを自分の会社を大きくする事で達成しようとしていた。そんな自分について来てくれる部下達にも、特別な愛情を注いでいた。ただの金儲けではなく、社会に仕えているという気持ちがあったから、そういう姿勢になっていたのだろうと感じる。

 

 それにしても、今の世の中には、国岡のようについて行きたくなるような社長ってどのくらいいるのだろうか。少なくとも僕は自分の会社の社長なんて、別に尊敬してはいないし、そもそもどんな人柄なのかもよく知らない。よその会社でもそんなもんだろうか。

 

 自分が負わされる責任ばかりに目をやり、やれ減収がどうたらとか、やれコンプライアンスだ、やれ株価がと、そんなことばかりしか気にしていない社長が多い気がする。もちろん、国岡の時代のように経済成長抜群のイケイケの時代とは、まったく正反対の時代だから仕方ないとも思うが。それにしても、肝っ玉が小さいリーダーばかりに感じる。

 

 かといって、自分がそんなリーダーになれるかと聞かれたらまったく自信がないのも事実だ。そもそもそういう時代ではないというのとか。これからはリーダーというよりも、一人一人が少しずつ社会を良くしたいという理想を持つ事が大事なのかもしれない。どうせ今更経済成長なんてできないんだから、少しでも住みやすい社会をつくろうと考えながら、働き方改革など働く一人一人が考えて行く事が大事だと思う。

 

 だらだら働いても、肝っ玉の小さいリーダー達に食いつぶされるだけだ。そうではなくて、この仕事を何のためにしているのかと考えながら、働いていたい。

 

  この映画を観て、そういう働く姿勢のようなことを深く考えさせられた。