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これからは、しなやかに生きる

会社員むっきーのブログ。仕事で心身ともに駄目になりかけたことも。これからはしなやかに、人生の目標に向かって生きて行きます。心優しい方々、私の成長を見守っていてください(^^)

僕は道端の鳩だ。

 駅前のベンチに座って一休みをしていると、一羽の鳩が地面を滑るように僕の近くに寄ってきた。君は、人間に近づくと食べ物をもらえるかもしれないと知っているんだな、と僕はテレパシーで鳩に語りかけた。いやテレパシーはできないけど、そう思って見ていると、鳩は僕と目が合っていることに気がつきつつも、脈なしと見たようで他のベンチの方を目指して歩いて行った。

 

 鳩の脳みそで、どういうシチュエーションだったら食べ物にありつけるとか考えることってできるんだな。やっぱり食べるためにはそれくらいの嗅覚が働くということか。そんなことを考えてしまった。

 

 それよりは思考的な難易度は低そうな話としては、餌やり爺さんが現れるとパンくずの取り合いをするために鳩たちが群がることかな。あの鳩は餌を食ってるぞ、ということは俺も食えるに違いないと群がっていくんだね。

 

 ああいう場合、鳩は完全な消費者というか、受くる者に成り下がっているように思う。餌をやる爺さん(鳩的には神様?)から、なんの対価も払わずに餌をもらっているわけだからね。まあ、あえて対価があるとしたら、爺さんに優越感と癒しを与えていることくらいか。よくわからないけど、完全にもらう側なんだよ。

 

 そういう光景を見ていると、鳩になってしまってはいけないなと思ってしまう。そうするしか生きられない場合も人生にはあるとは思うんだけど、できる限りは完全な消費者というか受くるだけの者にはなってはいけないと思うわけだ。

 

 せっかく生きているならば、やっぱり何かしら自分でしか生み出せないものを生み出してみたいんだよね。そういうことをせんと自分の中で納得の行った人生とは言えない気がするし。だから、今苦しくても、どんなに大変でも、何かを生み出し影響を与えられる仕事をずっとやっていきたいと思う。今の仕事がそういう仕事かどうかは微妙だし、本当に大変で耐え難いことも多いけど、それでもやって行きたいと思うんだよ。

 

 心が弱くて世間を渡り合うのが得意ではなくて、何の取り柄もない僕だからこそ、弱い者のためになるような仕事をして行きたいと思う。

 

 ここまで書いてきて、やっぱり、書いとかないといけないと思ったけど、本当は僕はまだまだ鳩なんだよな。何も生み出してなくて、ただ飯を食わせてもらっている者だ。それは悪いことではないとは思うけど、やっぱりそうじゃダメだなと思う。

 

 あーあ、考えすぎてしまうのはダメなんだけど、考えてしまうんだような。鳩から脱却するためにも、もっと自由で、思うがままに、自分らしく羽ばたいて行きたいと思うます。